人が瞑想しない3つの共通の言い訳( そしてその解決策! )

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本に書かれているアートマ・クリヤ・ヨーガの実修をしないすべての言い訳をしていたことが、かつて3ヶ月ありました。自分に忙しすぎると言い聞かせていました。集中できませんでした。とても疲れていました。あなたはそれを言い訳と言うでしょう。その通り、言い訳に使っていました。実修はしていましたが、実修の影のようなものでした。

眠気と戦いながら義務のようにメイン・クリヤを1ラウンドこなしていました。深夜何時かになりましたが、それは単に、早く寝たいと思いながら歯をみがいている間に 、その日のアートマ・クリヤ・ヨーガをまだしていないと気がついたからでした。その後、ベッドにもぐりこんで、眠りに落ち、慌てて起きて、次の夜も同じことを繰り返しました。わたしのマインドは、このことに問題があると分からないようにするくらい強かったのです。それは、ラジオが鳴らず、誰もわたしに用事がなく、書類の仕事も緊急ではないという、空っぽの瞬間、めったにない、そして突然の静けさの瞬間でした。わたしは自分が深い哀しみ、あるいは説明不可能な、何年も前に感じたような実修への切望でいっぱいなのに気がつきました。

このように張り詰めていたあるとき、サットグルであるパラマハンサ・ヴィシュワナンダと全く予期せずお会いすることになりました。彼はわたしを呼び出し、クリヤが順調にいっているか尋ねられました。彼が実修とクリヤを教えること、両方のことを言っているのがわかりました。両方とも苦しかったのです。両方とも実質、全くやっていないようなものでした。

わたしは目をあわせず、「大丈夫です」とささやきました。

それまででした。彼も目を合わせませんでした。会話は終了し、わたしは何かを変えなければならないと気付きました。

アートマ・クリヤ・ヨーガの受講生、教師、両方の立場として、本に書いてあるほとんどすべての言い訳を聞いたり、自分も言ったりしてきました。 最も共通している、そしてしばしば最も危険な言い訳がいくつかあります。なぜなら、マインドはこれを良い言い訳のように思わせるからです。また、これを克服する方法もあります。

時間がない。

教師として、受講生から実修について言われる、最も共通したことのひとつがこれです。完全に正直に言えば、これは助けるのが本当に難しい問題でもあります。なぜなら、わたしにはそれが本当のことではないのがわかるからです。自分も同じ罠に落ち、そこから抜け出したので、それが事実ではないことがわかるのです。それはマインドが実修を避けるために言い出すことのひとつです。

究極的には、わたしたちはみな1日に24時間持っています。その時間をどのように使うかという選択に、わたしたちの優先順位が表れます。もしあなたが時間がないと考える人なら、それについて考える時間を持つようお勧めします。瞑想の実修より優先しているものはなんですか?どこで時間を無駄にしていますか?その代わりにその時間で瞑想できませんか?もしそれらを手放したら、瞑想実修のためにどんな期待が持てるでしょうか?瞑想にもっと優先順位を置くことができますか?

もしあなたが本当に瞑想を日課にしたいのなら、時間を見つけられるでしょう。成功に向けて態勢を整えるようにしてください。無理のないように始めて、徐々に強化していってください。 誰でも1日に5分はできるでしょう。その5分を見つけ、その時間を神に捧げ、瞑想を捧げてください。ここから築いていってください。このように、あなたは時間を見つけられるでしょう。

集中できません。瞑想するにはマインドが活発すぎます。

これも教師として何度も聞く言い訳です。 わたし自身も実修する中で課題になっていることです。そんな日がないと言うより、ほとんどそんな日です。わたしのマインドは、マインドと言うよりお猿さんです。そこがある意味ポイントになります。瞑想の実修はマインドを落ち着かせるのを助けてくれるのです。

実際、わたしが知る本当に瞑想の状態に達した人は一人だけです。それがパラマハンサ・ヴィシュワナンダです。 彼は瞑想ができます。他の者は練習中で、そしていつか瞑想の状態に達することができます。しかし、それには実修が必須です。

ムドラーはマインドを静める、素晴らしい道具です。 ギャーナ・ムドラーは特に、これにとても有効です。もしギャーナ・ムドラーの実修の仕方がわからなかったら、この投稿を見てみてください。やり方がわかります。

加えて、ジャパを実修してください。オーム・ナモー・ナーラヤナーヤというマントラが最初にしてくれることのひとつが、判断するマインドを静めてくれることです。もしあなたのマインドが大変活発であったら、大声でこのマントラを唱えることから始めてください。マインドが活発であればあるほど、大声で唱えてください。マインドが静まり始めたら、マントラをささやくか、ハミングし始めてください。座って実修する準備ができたら、黙って唱え始めてください。このマントラの中に入っていき、これを体験してください。そして実修を続けます。

マインドが活発であるのは普通のことです。しかし、マインドが活発だからと言って瞑想しないのは、自己欺瞞です。実際、マインドが活発だから、瞑想するのがとても良いのです。

何も感じないのです。

これも起こることです。これも普通のことです。なぜなら期待するのは普通のことですから。瞑想するときに何も感じないのは、期待の典型的な結果です。こういうふうに感じるべきという期待を持つとき、ありのままに体験する扉を閉じてしまいます。

サーダナの実修は何かを感じようと感じまいと、やるべきことをやるものです。気負うものは何もありません。

期待を手放し、ありのままにサーダナを体験してください。単純に実修のために、愛のために実修をし始めると、あなたはサーダナが差し出す、すべての贈り物に対して心が開かれます。

パラマハンサ・ヴィシュワナンダに会った旅の後、 わたしは再び実修と教えることをしっかりやるよう自分に誓いました。一晩でできるようになったわけではありません。自己分析し、自分が作り出した言い訳への疑問点を見つけ出し、1日の中にサーダナのためだけの時間を捻出する、ゆっくりとしたプロセスでした。

二つの最も大きな学びの一つは、サーダナに、実修に時間を捧げるとき、神をより近くに感じることでした。たとえ集中できていなくても、あるいは何も感じなくても、単にその時間を神に捧げることで、その後空間に神をより近くに感じました。もう一つの学びは、もし誰かがわたしを10分、20分余計に待たなければならなかったとしても、世界は終わらないということでした。わたしの人生は他人の要求に縛られる必要はなかったのです。彼らはそれで大丈夫でしょうし、あるいは他に助けてくれる人を探したりして、結局うまくまわるのでした。

もし今日何かをするなら、実修のために数分絞り出してください。ただ実行してください。そして明日もやって、その次の日、そのまた次の日もやりましょう。 乱雑で混乱したままにしておいてください。美しいまま、春のようなままにしておいてください。なんであれ、そのままにしておいて、ただ実行してください。

 

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