神様とデートしましょう

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愛する人とデートするとき、気づくのはどんなことですか? どんな風に進んでいきましたか? 何がプラスになりましたか? 今回と違って次回はどうしましょうか? あなたにとって理想的なデートとはどのようなものですか? すべての人にとって、理想のデートの中身は、何から何まで同じではないでしょう。それは皆違うからです。 それぞれ関係が異なり、独自のもので、同じ繰り返しではありません。

ある関係の中で一つになれるのは、お互いの中になんらかの深さ、真実、愛を望んでいるからです。 それがなければ、退屈で、表面的で、弱いです。 瞑想との関係も同じです。 本当に深い瞑想によってのみ、満足、自由、真実、そして神との親密さが与えられます。 デートで個人的な人間関係を経験するのと同じように、瞑想のデートを通して神との関係を体験できます。神との理想的なデートコースの1つを簡単に紹介させてください。きっとご自身のコースを見つけたくなるでしょう。

愛から始めましょう

デートを計画し、愛する人と時間を楽しむ前に、私たちは愛を持っているか、少なくとも愛を切望していなければなりません。 世俗的なものに対する自然な欲があります。 神への欲望や渇望を育て始めるとどうなりますか? 時間、空間、物事の二重性を超えた超越的な神。 瞑想の中で愛を通して神に出会うことができます。

慌てないで時間をかけましょう

理想的なデートは、計画し、それに時間を割くことから始まります。 瞑想でも同じことが言えます。 それを計画し、そのための時間を用意しなければなりません。 自分自身に誠実になり、そう、それが必要なものであることに気づくと、愛で満たされ、成長できるようになります。そして自然に優先順位を設定し、それのための時間、空間、場所を見つけます。 そうして初めてそれを本当に楽しむことができるようになります。 その中にいたいという本当の渇望と引力を持つようになります。

焦点と集中

見かけ上のデートをしているようなとき、そこでは相手は自分に注意を払っていませんから、お互いの深いつながりは失われ、デートはうすっぺらです。 たぶん携帯電話を見ているか、窓の外に気を取られています。 そんなときには、こころが傷ついたり、がっかりしたり、気持ちが通じ合っていない気がしたりします。 瞑想も似ています。私たちが他のことに気を取られているデート相手でなければ、私たちの注意が戻るのを、神様は辛抱強く待ってくださっています。

神様一点に焦点を絞り、注意を向けるようにし、今ここで神様と共にいるように自己訓練しなければなりません。 それだけです。 毎日の習慣的思考パターンを飛び越えて、一点集中力を鍛えると、瞑想中も日常生活の中でも、神様が一緒にいてくださり、人生は瞑想となり、四六時中、神様とデートができます。

経験を積みましょう

サンスクリット語には、2種類の愛があります。 儚い人間的な愛であるピヤルには、まだ期待と制約があります。 それから、超越的な愛、すなわちプレームは制約がなく、常に拡大し、無条件で永遠です。

その「愛」を持つ方、その「愛」をふりまく方に出会えば、そのような「愛」に触れることだけはできるようになります。 聖者やマスター方は、神との一体化(ヨーガ)を果たされたので、その「愛」をお持ちなのです。

アートマ・クリヤ・ヨーガを受けたときに、聖者についてのお話しや聖者の神への愛についてのお話を聞くうちに、自分の中にも、同じ愛の少なくとも微かな息遣いを感じることができることを学びました。

私たちの焦点の対象は、エネルギーの交換でもあります。 精妙なレベルでは、私たちはすべてつながっており、同じ源から来ています。 聖者、聖者の生活、聖者の教えに注目することにより、私たちは明らかに彼らの祝福や神への愛と真正面に向き合い、そうすることによって神の祝福を受け、神との関係に新たな深みとインスピレーションが加わります。

あるとき、毎日のアートマ・クリヤ・ヨーガ瞑想を実修する前に、美しい経験をしました。 様々なヨーガの達人や聖者の遺品や写真で満ち溢れる部屋に入りました。 私は以前読んだことのある聖者に特にひきつけられました。 私が読んだ聖者の物語、彼の写真や遺品によって、彼がそこに共にいて下さり、祝福して下さっているかのように感じました。

シュラヴァナ・バクティ

アートマ・クリヤ・ヨーガを学び、霊性のマスターに出会う以前に、パラマハンサ・ヨガナンダによる「あるヨギの自叙伝」を通して、初めて神の愛に触れ、洞察を得たのでした。 この本を読んでいると、自分も彼の人生と神との対話への探求に参加して、彼が経験していることの一部が注がれるように感じられました。 アートマ・クリヤ・ヨーガでは、それをシュラヴァナ・バクティと呼びます。

神を忘れずにいましょう

瞑想のために座るとき、聖者の愛を思い起こそうとし、実修中に同席してくださるよう求めます。 聖者とマスターは、実修と生活の中にいつもいてくださるのです。 意識的にそれを忘れないようにし、それに注意を払うとき、実修をより深くするのに役立ちます。

完璧な瞑想では、デートのように、すべてが愛の中で始まり、続き、終わります。 聖者、遺品、マスター、または写真を通して、神に集中できるようにしてください。 神の近くにいると感じさせてくれるものをなんでも使ってください。 今ここに意識を残らず注いで、この機会を掴んでください。 それによって、より多くの愛とインスピレーションを感じることができるでしょう。

実修のためにすべてを注いでください

瞑想中に日課となる神様とのデートのために座るたびに、この時間はあなたと神様二人きりだということを思い出してください。 あなたのための神様の愛に焦点を絞ってください。 それを吸い込んでください。焦点すべて、注意すべてをむけて、それを楽しんでください。 他のすべてを手放してください。

毎日繰り返してください。

ただ愛しましょう

それだけです。とてもシンプルです。ただ愛するだけ。それが神様との完璧なデートのための非の打ちどころのない秘訣です。  瞑想中、あなたはどんなふうに神様と会いますか?

 


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