高位のハーモニーが聞こえる

Thumbnail

私は音楽家なのですが、過去に、オーケストラの自分のパートを一人で練習していたときに、なんと退屈で、奇妙で、難しく、あるいは不必要なのだと思われた記憶があります。 しかし、その後、オーケストラ全体の最初のリハーサルの日が来て、すべての楽器が一緒に演奏したとき、突然これらの「つまらない」あるいは「奇妙な」すべての部分の小さなかけらから、傑作が浮かび上がってきました。 突然すべての音符の意味がつながったのです。 そして美しい音楽が聞こえました。

私のパートは何も変わっていません、それではどのようにしてそのような劇的な知覚の変化が可能だったのでしょうか?

視点が変わったのです。 状況がより明確になりました。 より大きなイメージ、言い換えると高位のハーモニーを意識するようになることで、突然「退屈な」練習のすべての時間の意味がつながったのです。

自分自身の生活の中に非常に似たことがありませんか?なぜこんなことやあんなことをする必要があるかと、何回自問するでしょうか? なぜ人生はもっと楽だったり、あるいは少なくともそれほど難儀でないようにできないのか?なぜあれやこれやのカルマを経験する必要があるのか? なぜまったく無意味に見えるできことがあるのか?

私に関していえば、この視点の変化は、アートマ・クリヤ・ヨーガが人生にもたらした最大の贈り物の1つです。 それは人生全体をより大きな視点で捉えます。 それは人生の一見ささやかな状況の向こうにさえも、精妙な人生の教訓や神からの強力なメッセージがあることに気づかせてくれます。 毎日座って瞑想し、意識的に息を吸ったり吐いたりするとき、すべての息を神に差し出し、内なるつながりを養いながら、日常生活においてもより意識的になり始めます。 自分の個人的で制約のある視点から人生を観察するだけではなく、より大きなイメージをより頻繁に見始め、この重大な問いを自問し始めます。 ここでは、自分の教訓はなんだろうか?より大きなイメージはどんなものだろうか?

それが、アートマ・クリヤ・ヨーガのすばらしさですが、言葉にするのは非常に難しいものなのです。 自分自身の制約された部分、自分の生命全体へのごくわずかな貢献の観点からしか自分の人生を見ない限り、その背後にある「高位のハーモニー」を理解しないままでは、 この高位のハーモニーがどんなものなのか想像することさえ難しい時もあります。パラマハンサ・ヴィシュワナンダが頻繁におっしゃっているように、霊性の道にある人々が困難のただ中でさえも、微笑むことができることがあるのは、この「高位のハーモニー」の認識のおかげです。 そして日々をより多くの自己認識で啓発し、それを通して人生の課題を乗り越えることがはるかに楽になるのは、このより大きな視点のおかげであり、神とのつながりのおかげです。

ですから、アートマ・クリヤ・ヨーガを実修してください。 呼吸するたびに、神について思い出してください。人生の中で自分自身のある部分に、圧倒されていると感じるときはいつでも、人生の中には、より大きな視点があることを思い出してください。そして、あなたの目の前に生命そのものを広げて生きるという奇跡を体験してください。


Blog »