アートマ・クリヤ・ヨーガが適さない人の場合

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アートマ・クリヤ・ヨーガをあまりに重要視しすぎていましたことを正直にお話ししなければなりません。 シンプリー・メディテーションを教えることもでき、OM チャンティングを主催することもでき、アートマ・クリヤ・ヨーガを教えることもできるのに、瞑想を習いに来る人がいると、真っ先にすぐさまアートマ・クリヤ・ヨーガを提案します。 私は最近これが大きな間違いであることに気づきました、その理由はこういうことです。

多くの教師の間に、バクティ・マルガ・サーダナの他の実修よりも、アートマ・クリヤ・ヨーガのほうが優れているという、暗黙の了解があります。 過去5年間にわたって、いくつも事例があり、BMサーダナの他の実修も同様に非常に強力であると話してくださる人々から、本当の話を聞いてきたにもかかわらず、これには私にも責任があります。

アートマ・クリヤ・ヨーガ以外の実修のパワーについて伝えるお話を3つご紹介します。

シンプリー・メディテーションが成人ADHDの人を助けました。

Simply Meditation Stories

私は数年前にシンプリー・メディテーション・コースを指導し、私の専門職サークルからの友人がコースに参加しました。 そのコースの2年後、私は彼女を追跡していました、そして、シンプリー・メディテーションからトリニティ瞑想が彼女の朝の礼拝の重要な部分であり、それなしでは一日を始めることができないと話してくれました。

のちに聖人ADHDと診断される、活動過剰なマインドを持つ人でしたので、このことからシンプリー・メディテーションがどれほど強力に彼女を助けたかがわかります。彼女にとっては、 人生を過ごしていた場所で、シンプリー・メディテーションは申し分なく、これほどふさわしい訓練は他になかったようです。

シンプリー・メディテーションを毎日実修している間、彼女は専門職人生に大きな変革を経験していたので、これは彼女の霊性の道における重要なステップでした。 彼女は起業家として際立っていて、世界中の顧客にむけて会社を発進させるところでした。 シンプリー・メディテーションが彼女に与えた基盤は、当時の彼女の旅にとって非常に重要でした。

アートマ・クリヤ・ヨーガのような、それ以上のものであっては、彼女にとっては多すぎたかもしれません。 シンプリー・メディテーションの穏やかさと深さは、彼女に基盤を与えるために必要なものでした。

アートマ・クリヤ・ヨーガは、うつ病の人にはふさわしくありませんでした。

Atma Kriya Yoga stories

もう一つの話は、アートマ・クリヤ・ヨーガを習いたいと連絡してきた別の女性の話です。 私はすぐに彼女に教えることに同意し、アートマ・クリヤ・ヨーガを愛する気持ちを他の人と分かち合うことができることに興奮していました。 彼女がアートマ・クリヤ・ヨーガといって私に連絡してきたので、アートマ・クリヤ・ヨーガが本当に彼女にとって最良の実修であるかどうかを再確認する手間を省いてしまいました。

コースを始めた後、彼女には鬱病の長い病歴があったこと、そしてアートマ・クリヤ・ヨーガの最初のいくつかのテクニックが彼女の症状をを引き起こし、大いに悪化させていることを知りました。 彼女の安全のため、また私の責任の一部としてコースを教えるのを直ちにやめなければなりませんでした。

振り返ってみると、この方がアートマ・クリヤ・ヨーガの準備ができているのかと自問すべきでした。

これに対する答えを知るのは、必ずしも容易ではないことを私は知っています。そしてそのような場面では、教師トレーナーの1人とそれについて話すか、バクティ・マルガのスワミからそのテーマについてアドバイスを得ることをお勧めします。 彼らは、霊性の旅の様々な段階にある人々に対処する直感と経験のレベルが異なり、誰かがどこにいるのか、何の準備ができているのかについて、より適切な知見を持っています。

OMチャンティングが人生を変えた

OM Chanting Stories

3番目の話は私自身の旅とOMチャンティングが果たした役割についてです。 私は2014年の初めにロンドンからオーストラリアに引っ越しました。最初にオーストラリアに引っ越したとき、私の優先事項は親戚関係、社会生活、生活水準、ナイトライフ、そして社会的地位でした。 1年後にオーストラリアを去る時までに、はるかにシンプルな人生を送る準備がほぼできていて、代わりに内面に集中することを望んで「外の世界」を放棄しました。

その年の初めには、私は頻繁に飲んでいました、そして年の終わりまでに、私は完全にアルコールを飲むのをやめました。 私は世間にいることから完全に撤退することへ移行しました(善かれあしかれ)。 私は極端な変容を経験しました、そしてそれは私がほぼ11ヵ月の間毎週OMチャンティングサークルに絶えず出席していたという事実のおかげです。

個人的な変容において、誰もが私と同じ激しさを持っているわけではありませんが、OMチャンティングに参加するたびに重要な変容を経験したことは事実です。

サークルを終えた後には、始めたときと同じ人ではありません。そしてそれは初めての参加であろうと、365回目であろうと、OMチャンティングに参加するたびに当てはまります。 ですからOMチャンティングは、私にとって、当時霊性の旅で直面していた具体的な課題に対処するのを助けてくれた当時の完璧なサーダナの実修でした。

他の人の霊性の道を尊重するためにできること

教師として、しかるべき精進をしなければなりません。 新しい受講生を持つという考えに興奮し、サーダナという愛するものを分かち合えるのでワクワクしやすいのはわかりますが、自分のことは後回しにしてください。 他の人を第一に置き、彼らの必要と彼らの道に集中してください。 これは彼らのことであり、自分のことではないのです。

他にできることは、BMサーダナの他の実修を尊重することです。 それらが重要でなければ、グルジはそれらをお与えにならなかったでしょう。ありのままに他の実修も等しく考慮し、目の前の人に最も適しているものはどれかを自問してください。

帰依者であり実修者として、すべての人が自分と同じなわけではなく、各自がその人自身の霊性の旅の中で独自の点にいるということを覚えておかなければなりません。 自分にふさわしいものが彼らにふさわしいものとは限りません。

Paramahamsa Vishwananda

グルジがおっしゃったように、自分の霊的信念を他の人と分かち合うことを恐れるべきではなく、それについて弱気にならないでください。 しかしながら、あなたが服用しているのと同じ「薬」、すなわち自分独自の霊的実修を人に処方するのには注意してください。 その人はその人自身の道を歩まなければならず、旅のある時点で自分にふさわしいぴったりのサーダナの実修に出会うでしょう。

これで終わりにしましょう。 私の経験では、私たちのグルであるパラマハンサ・ヴィシュワナンダは、一人一人の人格を認める十分な余地を持ってくださるので、 最も心温かいグルです。彼は一人一人を現在の彼らであるがゆえに本当に愛して下さり、一人一人自分のやり方で自分を、そして、帰依心の独自の味わいを表現する余地を与えてくださいます。

教師であり帰依者として、受講者が霊性の旅のどこにいるのかを尊重し、現時点で彼らがいるところにふさわしいサーダナ実修を通して、彼らに奉仕することによって他の人にこれを広げることができるのです。


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