アートマ・クリヤ・ヨーガはあなたにとってどんな意味がありますか?

Thumbnail

アートマ・クリヤ・ヨーガ(AKY)とはあなたにとって、どういう意味がありますか? 魂への鍵であり、変革の旅 - クリヤのマスター方と母なる女神に直接結びついた、真の本質へのつながりですか? あなたの内なる永遠無限の無条件の愛の認識でしょうか。 それともただのヨーガの実修でしょうか?

願わくば前者ですが、後者がAKYの伝授を受けた理由であり、実修している理由だったかもしれませんが、定期的に実修すれば、末永く「ただのヨーガの実修」にはならないでしょう。

アートマ・クリヤ・ヨーガはパラマハンサ・ヴィシュワナンダとマハヴァター・ババジによって与えられた大きな祝福であり、自分が真に誰であるのかに、AKY実践者が再び意識的につながるのを加速させるような訓練を簡単にまとめた秘伝とされ、世界に公開された実修です。 ですから、それは真我の深みに入る内なる旅なのです。 自身と自らの源への意識的なつながりから、選択し行動する最後の「ゴール」は、無条件の神の愛を完全に実現することです。 しかし、その「ゴール」がAKYを実践する理由なのではなく、それ自体に向かう旅を楽しむことです。 実修の頂上は手の届かないところにあり、思われる通り見知らぬ世界です。助け合い、自分の役割を果たしましょう。あとはマスター方がしてくださいますから。

AKYは、その真の全容を言い表すのが決して容易ではありません。それが単なるヨーガの実修であると言っては、ちっぽけなものになってしまいそうです。はるかにそれ以上のものなのですから。概して ヨーガは素晴らしいものですが、この例えではアートマ・クリヤ・ヨーガが本当に何であるかを説明しつくすことはできません。それは 一人一人が、無限で永遠の存在との独自で個人的な関係を経験し、発展させることができるように与えられました。 生涯の間に、通常はそうした存在とつながったり経験したりすることは、たとえあったとしても、ほとんどないものです。ほとんどの人にとってあまりに抽象的なので、その存在そのものをしばしば否定してしまうもの、それは神です。 私たちの存在と本質の源です。

ほとんどの場合、神は宗教に結び付けられますが、「宗教」という言葉はラテン語の「religare」に由来し、「再接続する」ことを意味しています。神は存在するすべてのものの中に存在するので、再接続を宗教だけに限定することはできません。 アートマ・クリヤ・ヨーガは、神と常時つながっているマスター方から、それを受け取って、実修することを選択した、私たち全員へ直接贈られた贈り物です。ですから、私たちは常時つながった状態に運ばれることも可能です。 実際、マスター方が私たちのためにそれをすべて行ってくださっていて、私たちは与えられたことを実践することによって協力しているだけなので「運ばれる」と言ったのです。 私たちに実修を与え、実修によってどこに連れて行かれるのかを正確にご存知なので、マスター方が「行為者」です。 マスター方は私たちがうまくやることを望んでいらっしゃり、私たちがアートマ・クリヤ・ヨーガを実修し始めるたびに、全員が私たちのかたわらに、文字通りそばにいてくださるのです。

AKYにおけるシャクティは、母なる女神ご自身であり、母なる女神はまた、母親として、子供たちに自由に与えてくださいます。 真実に、誠心誠意、それを選択するなら、権利として主張すべき、事実私たちのものを、与えてくださいます。

それでは、この「不思議」のすべてがどのように日常生活にあてはまるのか、お尋ねになるかもしれません。 それは完璧に難なくフィットします! 定期的にアートマ・クリヤ・ヨーガを実修しさえすればいいのです。 それだけです! 努力するならば、その過程で起こるかもしれない変化、すなわち、自分の個人的な「世界」の中で互いに作用し合うさまは、自分たちにとって自然で滞りのない感じがするでしょう。 実修においては、完全に保護され、これらのマスター方と母なる女神によって育成されるのです。

アートマ・クリヤ・ヨーガの旅に出て、それを続けるか、それとも「単なるヨーガの実修」であることにするのか選ぶことができます。そして、後者を選んだとしても、何か失うべきものはあるでしょうか?


Blog »